前田庠主のことば(平成27年11月23日)
しかしこの技術は生物を人間の思うままに作りかえることも出来る可能性があるのです。中国では猿の遺伝子にこの技術を使って成功したと言われているのみならず、中国の別の研究チームが、ヒトの受精卵を用いて実験し、世界各国の科学者からこうした研究の中止を求める声が上がっていると聞いています。こうした危険な科学技術が急速に進みつつある一方、それをコントロールするルール作りができておりません。そのルール作りに必須なのは、生命倫理であり、法律であります。必要不可欠なのは科学者の高度な倫理観であります。
わが国には、平成7(1995)年に成立した『科学技術基本法』という法律があることをご存じでしょうか? わが国が科学技術創造立国を目指して作った法律です。この第一条には「この法律は、科学技術(人文科学のみに係わるものを除く。以下同じ。)の振興に関する施策の基本となる事項を定め、科学技術の振興に関する施策を総合的かつ計画的に推進することにより、わが国における科学技術の水準の向上を図り、……」となっております。「この人文科学のみに係わるものを除く」とあるのは、人文科学のみならず、社会科学も含意されていると言われています。
また文部科学省は、去る6月に国立大学に対し、人文社会科学系の学部――文学部や教養学部、それに法学部や経済学部など――やその大学院について、廃止や社会的要請が高い分野への転換を求める通知を出し、強く再編を迫りました。換言すれば自然科学のみを残して、哲学・倫理学・美学・宗教学・歴史学・法学・経済学・政治学などの廃止を求めているのです。これらの学問は現代社会が求めている即効性・利便性にかけるきらいがあり、産業界のニーズにあわないと言うのです。
科学技術は、いかに生きるべきかとか、倫理・道徳と言った問題にはまったく何もこたえてくれません。それどころか人類の滅亡をもたらす可能性のある科学技術の盲目的な発達に恐怖を感じるのは私だけでしょうか?そのような危険な科学技術の発達のハンドルになりブレーキになりうるのは、哲学・倫理学・宗教学などの人文・社会科学ではないかと思います。
平成27年11月23日
史跡足利学校庠主 前田專學