このページの本文へ移動
色合い 標準 青 黄 黒
文字サイズ 標準 拡大 縮小
RSS
トップ産業・観光観光寺・神社> 名草厳島神社

名草厳島神社

名草厳島神社

8FC826E5-5055-4325-8C60-57DB4B2C193B

9021A907-0F87-4E5F-A1F5-E53F95237523

弘仁年間弘法大師空海によって勧請されたと伝えられ、江戸時代中期には別当である金蔵院によって巨石の上に石宮、後に弁財天像(現在も金蔵院弁財天堂に祀られる)が造立されました。江戸時代の祭典の際には、弁財天を運び祭礼を行っていましたが、明治維新の神仏分離により、厳島神社となり平成元年新たに弁財天を造立しました。
鎮座している名草巨石群は国指定の天然記念物です。
足利七福神めぐり社寺の一つで弁財天(福徳財宝・家内和合)の神社です。

所在地

 足利市名草上町4990

電話番号

0284-41-9977(名草公民館)

アクセス

北関東自動車道足利ICより車で約20分
北関東自動車道太田桐生ICより車で約40分
東北自動車道佐野藤岡ICより車で約40分

創建

平安時代初期の弘仁年間(810~824年)

御祭神

市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)

※弁財天と同一と考えられている

御利益

福徳財宝、家内和合

特に金運・財運を高める御利益があるとされる。

例大祭

5月4日、5月5日

社殿その他

社殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行4間、梁間3間、外壁は真壁造板張り。

境内には御籠り堂、神楽殿が建立されています。

由緒他

  • 創建は平安時代初期の弘仁年間(810~824年)、弘法大師空海(真言宗の開祖)が巡錫で当地を訪れると弁財天の化身と思われる白い大蛇に導かれこの地へ辿り着きました。空海は霊石、怪石が点在するこの地が比例無き霊地と悟り弁財天を勧請し当社の起源となりました。

 

  • 弁財天は水を司り、その水が川となり多くの農作物を育てることから豊穣の女神として信仰され水源農耕の守護として広く知られました。

 

  • その後は長く荒廃しましたが、元禄6年(1693年)に金蔵院が別当寺院となり、当時の領地検分家老に再興の願いを許可され改めて弁財天宮が安置し「御舟石」の上に石祠を建立しました。江戸時代は神仏習合し弁財天宮と称していましたが、明治初代初頭に発令された神仏分離令により仏式が排除され弁財天像は金蔵院へ移され厳島神社として社号を改称しています。

 

  • 弁財天は、もとはインドの古代神話に登場する水の神様でした。七福神の中では唯一の女神であり、中国経由で日本に伝わり、弁財天となったと言われています。市杵嶋姫命と弁財天は全く別の神様です。市杵嶋姫命は日本生まれ、弁財天はインド生まれなのです。しかし、奈良時代頃から神仏習合の考え方が広まり(日本固有の神様と仏教の信仰とが融合されること)、こういった流れの中で、市杵嶋姫命は弁財天と同一視されるようになったといいます。

 

  • 市杵嶋姫命と弁財天が同一視されるのは共通点があった為でした。その後、明治初期に神仏習合の時代は終わりますが、現在でも市杵嶋姫命をお祀りしている神社は、神仏分離令が出されたのちにも、名草厳島神社同様に弁財天として親しまれているところは多くあります。

 

  • 厳島神社は由緒的に奈良時代に弘法大師空海により開かれたのが始まりとされますが、境内にある名草巨石群は圧倒的な景観を作り出していることから、古代から自然崇拝の対象になっていたと思われます。実際参拝に訪れてみると、神社というより巨石霊場といった雰囲気であり、「弁慶の手割石」「御供石」「太鼓石」「石割楓」「御舟石」などの名前がある巨石が点在しており、中世は修験の場になっていたのかもしれません。

名草巨石群

12E887E4-8F1C-4BBA-A1B1-92F79D4A19F8

Image_20260129_122529_173

 

  • 厳島神社境内の名草巨石群は景観的に優れ、学術的にも貴重な資料になることから、昭和14年(1939年)に国の天然記念物に指定されています。

 

  • 約10万年前に火山活動により噴出したマグマが冷え固まり直径1.5キロメートルほどの花崗岩体を形成、その後の長い年月をかけて風化や雨水などの浸食により現在見られる巨石群になりました。

 

  • 特に花崗岩は深成岩で見られる方状節理が多く、それに沿って浸食が進むため、一見すると加工されたような直線的な岩肌も多く独特な景観を造り出しています。

 

  • 巨石群の景観は、当時の人々から見ると自然界では有り得ず神意によって造り出されたとして信仰の対象になり、弘法大師空海が勧請したと伝わる厳島神社境内周辺には名称を付けられている巨石が点在しています。

 

  • 「弁慶の手割石」は厳島神社社殿の前面に位置する高さ約2メートル、幅3メートル程の巨石で伝承によると武蔵房弁慶がこの石の真上に仁王立ちになり錫杖を突き付けると不思議と一直線に割れたと伝えられています。

 

  • 「御供石」は高さ11メートル以上、周囲30メートル以上と名草巨石群の中でも最大級の巨石で、その存在感に圧倒され神意を感じさせてくれるだけでなく、重なり合うことで大人でもその隙間を通過することが出来、「胎内くぐり」と呼ばれている。一般的に、「胎内くぐり」とは、巨石で構成された隙間や穴などを女性の胎内や子宮に例え、そこを潜ると生まれ変わると信じられており、特に罪を犯した人物は罪が消え人生がやり直せるとも伝えられています。

 

  • 名草巨石群の「胎内くぐり」では特に子宝、安産にご利益があると信仰されています。

 

  • 厳島神社の奥之院に当たる場所も巨石で構成され、磐座(神の世界と人の世界を繋ぐ場所、神が降臨する場所)とも云われ石祠が祀られています。

掲載日 令和8年2月13日
このページについてのお問い合わせ先
お問い合わせ先:
産業観光部 観光まちづくり課
住所:
〒326-8601 栃木県足利市本城3丁目2145番地
(メールフォームが開きます)

最近チェックしたページ

このページを見た人はこんなページも見ています