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絹本著色 汁講図 (けんぽんちゃくしょく しるこうず)

印刷用ページを表示する掲載日:2022年6月12日更新

 汁講図

 江戸時代後半、商業や地場産業、交通、情報産業の発達とともに、町人層が台頭し、文化の享受層の裾野が爆発的に広がった。地方の各拠点都市においては文人と総称される数寄者たちが集い、身分を超えて自由に交流し学問や趣味の世界に遊ぶ。そんなサロン的雰囲気の寄り合いが花盛りであった。

 下野国足利の地においても、機業関連の旦那衆や知識人を軸に大いに盛り上がりを見せていたが、特に新田上町の人々は、しばしば集い合って、詩歌や音曲、蹴鞠等を媒体に交流を深めていた。

 本作品は、その仲間が毎月24日に足利の徳正寺に集い、交歓していた食材持ち寄り形式の宴会「汁講」のありさまを描いたもので、絵は相澤石湖(あいざわせっこ)賛文は大竹蔣塘(おおたけしょうとう)である。相澤石湖は(1806~1847)は、江戸の人で、文晁の高弟春木南湖部門の南画家。大竹蔣塘(1800~1858)は足利郡助戸村旧家植木家の出で、のちに大竹彦五郎家へ養子入りした人物。

 天保7年(1836)の11月16日の年紀のある大竹蔣塘の撰文によると、本図に描かれた会合は天保7年(1836)10月24日のものと判断される。

 江戸時代後期の両毛地区におけるローカルな粋人たちの雅会のさまを如実に示す好資料として貴重であり、軽妙で洒脱な筆のすさびは、そこはかとなくほのぼのとした芳香を醸して味わい深い。