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前田庠主のことば(令和元年11月23日)

印刷用ページを表示する掲載日:2019年11月23日更新

 インドの文人ラビンドラナート・タゴール(1861-1941)は、周知のように、1913年にかれの有名な詩集『ギーターンジャリ』(『歌の捧げもの』)によって東洋人としてはじめてノーベル文学賞を受賞しました。タゴールと日本の画壇との交流は、おそらく1901年にインドに旅行し、タゴール邸に滞在し、翌年帰国した岡倉天心(1862-1913)に始まります。それを機縁に日本への関心を深めたタゴールは前後5回にわたって日本を訪れています。
 タゴールについて、前庠主中村元先生は:
「1916(大正5)年の夏には日本女子大学学長・成瀬仁蔵(1858-1919)の招待によって日本女子大学を訪問している。成瀬仁蔵はタゴールを特に礼遇した。.....またタゴールも、軽井沢の土地が気に入った。現在、彼の来訪を記念して、軽井沢の丘の上にはタゴールの彫像が記念碑として建てられ、そこには「人類不戦」と書かれ、基部にはデーヴァナーガリー文字で“ahiṃsā”と記されている。タゴールの像は、山々や丘を越えて、遠く人類の平和を呼びかけている。」(『中村元選集(決定版)32巻』1997、pp.188-9)
とお書きになっています。
 そしてこの注記として「この記念碑建立は、高良とみ女史のきもいりによるものである。…文字はわたくし中村元の書である。」と記されています。タゴール記念像の除幕式は1981(昭和56)年8月2日に軽井沢碓氷峠の見晴台で行われました。
 日本人の自然に対する美意識を高く評価し、徹底した平和主義者であったタゴールは、1924(大正13)年の3度目の来日の際に当時の日本の国家主義的動向や利潤追求の商業主義を鋭く批判し、1929(昭和4)年5回目の訪日を最後に来日することはありませんでした。
 そして1937年に日中戦争、1941年には第二次世界大戦、1945年8月には敗戦を迎えることになったのです。「人類不戦」と揮毫された中村元先生(1926-1999)の世界平和への熱い思いの実現を願っております。

令和元年11月23日
史跡足利学校庠主  前田專學