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前田庠主のことば(平成30年11月23日)

印刷用ページを表示する掲載日:2018年11月23日更新


インドのアショーカ王(阿育王)はマウリヤ王朝第三代の名君(紀元前
268~232)で、全インドを統一し、自分の政治理想を詔勅文の形で、多数の
岩石や石柱に刻み込んで、人民に徹底させようとしました。このような詔
勅文はインド各地で発見され、40 数点に及んでいます。
王は即位後9 年目にカリンガ国を征服し、南端を除く全インドを支配し
ました。しかし王はそのときの悲惨な結果を痛切に嘆き、「そこでは10 万
ほどの数の人々が殺され、その幾倍もの人々が死んだ。それから以後、今
はカリンガ国はすでに領有されているから、熱烈な法の遵奉、法に対する
愛慕、法の教えさとしを〈神々に愛された王〉(=アショーカ王)は行っている。
それは、カリンガ国が征服されたことについての〈神々に愛された温容あ
る王〉の悲嘆悔恨である。…」(第13 章)と磨崖法勅に書いています。
この後悔から王は仏教徒となり、人間に理法があるように、国にも守る
べき法があると考えていたのです。そして自分の諸皇子や諸皇孫が武力に
よる勝利ではなく、「法による勝利(征服)というものこそ最上の勝利であ
ると考えるように、と(願って)刻まれたのである。」(同上)と述べています。
王のこのような崇高な心情から、人類史上初めて、人々のみならず、生
きとし生けるものに慈しみのこころを及ぼす政策が実行されるようにな
り、人々のための病院のみならず、家畜のための病院も作られました。
北インドにブッダが初めて法を説いたサールナート(鹿野苑)の遺跡の南
ろくやおん
に考古博物館があります。その入り口正面には、遺跡から出土した4 頭の
背中合わせになったライオンの柱頭が保管されています。これはブッダが
この地で初めて世界の四方に向かって教えを説いた地点であることを記念
して、アショーカ王が紀元前3 世紀に建てた石柱の柱頭です。1950 年イ
ンドの共和国化にあたり定められた国章は、これを象ったもので、国章
かたど
の下部に「真実のみが勝つ」というヒンドゥー教の聖句が付されています。


平成30 年11 月23 日
史跡足利学校庠主前田專學