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至誠通天(26) 志(こころざし)

印刷用ページを表示する掲載日:2015年10月1日更新

足利市長 和泉 聡

  私は最近、ずっと、志ということについて考えています。人は生きていくうえで、どんな時でも、どんな場面でも、志がないと成長しない、物事は成就しない。そう思うからです。
 

 上司や先輩、先生から、同じ話を聞いてもA君は何も感じず、何の行動も起こさない。しかしB君は何かを感じ、行動を起こす。この違いは何か。それは志の有る無しに尽きると思うのです。志とは言い換えれば、自分の胸に秘めた決意、夢です。しかし単なる決意や夢ではなく、寝ても覚めても自分の脳裏にある強い決意、強い夢でなければなりません。
 

 NHKの大河ドラマ『花燃ゆ』に次のような場面がありました。松下村塾の塾生だった高杉晋作に吉田松陰が「君の志は何ですか?僕の志はこの国をよくすることです。志を立てることはすべての源です。志はだれも与えてくれません。自分自身で見つけ、掲げるしかない」と語りかけます。
 また、江戸で学びたいという同じ塾生の吉田稔麿には「学んでどうする。聞いているのはなぜ学ぶかだ。君の志だ。志を見つけられない君のようなものが江戸に行っても無駄です」と話しました。
 

 儒学には、まちづくりに臨むときに大切な心持ち、考え方のヒントがたくさん詰め込まれています。そのひとつ、王陽明が残した言葉に次のようなものがあります。「志は人における命、木における根、水における源」「志の立てられない学は根のないものに水をやって栽培するようなものだ」。
 

 私の志、それは足利をいいまちにすること、その一言に尽きます。寝ても覚めても、どうしたら足利がいいまちになるのかを考え抜く。それが、まちづくりの第一歩だと思っています。