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至誠通天(8) 私と甲子園

印刷用ページを表示する掲載日:2014年3月1日更新

足利市長 和泉 聡

 白鷗大学足利高校野球部の春の甲子園出場は、足利市にとって新年早々、幸先のいいニュースになりました。昨年秋の関東大会で、足利勢として初めて関東を制しての出場です。関東地区からは通常、5校前後が選ばれますが、今回はお隣の佐野市から佐野日大高校、桐生市からは桐生第一高校と両毛沿線から並んで3校が出場する快挙になりました。

 私は市長になる前、朝日新聞の記者をしていましたので、同社が主催する夏の甲子園には、選手の引率役兼取材役として、過去に4度、甲子園に行っています。最初は1989年の71回大会で、大越投手を擁する仙台育英と行って準優勝しました。2回目は2006年の88回大会で、早稲田実業と行って優勝しました。斎藤投手と田中投手の決勝再試合の投げ合いは、まだ皆さんの記憶に新しいところでしょう。そして3回目は2011年の93回大会で、宇都宮総局長として作新学院と行き、ベスト4になりました。4回目は翌年で、同じく作新学院と行き、8強入りしました。優勝、準優勝、4強、8強と好成績が並ぶ結果になりました。そして私が市長になった途端、白鷗大学足利高校の快挙です。足利勢の春のセンバツ出場は初めてのこと。県高校野球連盟の幹部からは、「和泉市長は、やっぱり、何かもっている」と連絡をもらいました。

 同校の選手たちは、練習の前後にグラウンド近くのゴミ拾いに励んでいます。誰にでもきちんと挨拶します。そんな姿を私はよく見ています。選手のひたむきさと、私の幸運が合わさって、好成績を期待したいです。