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足利学校の歴史

印刷用ページを表示する掲載日:2010年12月13日更新

足利学校を知ろう!

 足利学校がいつ、どのようにできたのかは、いろいろな説がありますが、歴史のうえで明らかになるのは室町時代(むろまちじだい)の中期(ちゅうき)からです。関東地方(かんとうちほう)を治める役目の関東管領(かんとうかんれい)上杉憲実(うえすぎのりざね)が学校を整備(せいび)したり、貴重(きちょう)な本を寄付(きふ)したりして、学生をそだてることに力を注(そそ)ぎました。上杉憲実
▲上杉憲実

 室町時代の天文年間(てんもんねんかん)(1532~1554年)のころには、日本全国から3000人にのぼる学生が集まり、当時(とうじ)の日本を代表(だいひょう)する有名(ゆうめい)な学校でした。
 そのことは、スペインからキリスト教を伝えにきた宣教師(せんきょうし)フランシスコ・ザビエルによって「日本国中最も大にして最も有名なる坂東(ばんどう)の大学」と世界に紹介(しょうかい)されました。

フランシスコ・ザビエル  
▲フランシコ・ザビエル(神戸市立博物館蔵)

 しかし、江戸時代(えどじだい)の末期(まっき)にはその役割(やくわり)を終え、明治(めいじ)5年に廃校(はいこう)となりました。その後、足利学校をこわさずに残(のこ)そうという人たちによる保存運動(ほぞんうんどう)がおこり、いろいろな人の努力(どりょく)によって、足利学校を守(まも)ってきました。また、昭和(しょうわ)63年から平成(へいせい)2年の10年間をかけて、江戸時代(えどじだい)中期(ちゅうき)の姿(すがた)に復原(ふくげん)されました。
 今も教育(きょういく)の原点(げんてん)、生涯学習(しょうがいがくしゅう)の拠点(きょてん)として、ふるさとのシンボルになっています。

復元された足利学校
▲復元された足利学校(方丈:ほうじょう)

のりざね君足利学校ホームページ