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釋奠(せきてん)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月5日更新

 

せきてんのしゃしん

 

釋奠(せきてん)とは孔子とその弟子を祀る儀式の事で、足利学校での釋奠の起源ははっきりしたことは分かりませんが、古くは上杉憲実が中興した頃から実施されていたとの説があり、寛文(かんぶん)8年(1668)の「足利学校再興告文」には釋奠祭器の名称が記載されています。

寛政(かんせい)5年(1793)には「足利学校釋奠式」を作成していますが、実際にこの釋奠序次の通りに行われたかどうかは、定かではありません。

現行の釋奠の祖形は、明治40年(1907)に相場朋厚(あいばともあつ)により書かれた「足利学校遺蹟釋祭略式」の祭典序次で、現在の釋奠の基準となっています。

明治40年の釋奠は冬至の日に挙行していましたが、大正4年(1915)からは11月23日に変更され、現在に至っています。

現在の釋奠は種々の祭器・簠(ほ)・簋(き)・籩(へん)・豆(とう)・俎(そ)・爵(しゃく)・犠樽(ぎそん)・象樽(しょうそん)・水瓶(すいびょう)等を用いて野菜類ほか米・餅・鯛・鯉・牛肉・酒等を供え、祝文は進行者が朗読し捧げています。

平成19年、足利学校釋奠は100回を迎え、これを機に足利市が主導であった釋奠から足利市民が主体となって行う史跡足利学校釋奠保存委員会が主催する事となりました。