ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 足利市内の文化財 > 御神楽(大山衹神社太々神楽)(おかぐら おおやまづみじんじゃだいだいかぐら)

御神楽(大山衹神社太々神楽)(おかぐら おおやまづみじんじゃだいだいかぐら)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月5日更新

 

おかぐらのしゃしん

 

この御神楽(おかぐら)の起源は詳しくわかっていませんが、別当の飯塚家に現存する天保年間の文書や不動堂の絵馬に「神楽」の字が見つけられるので、江戸時代後期にはすでに行われていたと考えられます。

神社拝殿にかかる赤青2面の大天狗面の裏には現在の佐野市赤見町出身の渋井新太郎の名が記されており、大前町大原神社をはじめ、大和流渋井派と称し各地の神社の氏子を指導していたことがうかがわれます。

渋井没後は24代別当飯塚播種の弟、飯塚嘉平が各神社の氏子を指導して歩き、その没後大正11年に「神楽師飯塚嘉平君の碑」が建立されるなど、当地方の神楽が大山衹神社を中心として盛んであったことがうかがわれます。

今もこの神楽は大沼田町西根の限られた相続人のみに伝承する習慣になっています。

現在は大山衹神社(おおやまづみじんじゃ)で4月の第4日曜日、10月の第4日曜日の例大祭で舞われています。