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鑁阿寺智願寺殿御霊屋(蛭子堂)(ばんなじちがんじでんおたまや ひるこどう)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月5日更新

 

ひるこどうのしゃしん

 

正面2間、奥行3間、桟瓦葺、切妻破風向拝付
江戸時代

このお堂は鑁阿寺(ばんなじ)境内、本堂の北側に建っています。

鑁阿寺を開いた足利義兼の妻、時子をお祀りしていて、その法名から智願寺殿(ちがんじでん)または蛭子堂(ひるこどう)とよばれます。

お堂は明治期に改築され、昭和32年(1957)に移築されたといわれていますが、寺の言い伝えによれば山門と本堂の間にあった薬師堂をここに移して、蛭子尊と合わせておまつりし、現在にいたっているとのことです。

お堂の床外部回りに一部古材が使われており、内部においては二重梁二重中引き、二重垂木形式の特殊な小屋組が用いられ、様式的に珍しいものです。
 
鑁阿寺境内の重要な伽藍に附属する堂宇としての意味、薬師尊と蛭子尊を合祀したという由緒、堂宇内に残る明治期以前に建立され歴史的に重要と思われる厨子等は、鑁阿寺伽藍の重要な建築物であり貴重です。