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岩井山城跡(勧農城跡)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月5日更新

 

いわいやまじょうあとのしゃしん  南上空から

 

足利市街地の南東、渡良瀬川の河道に挟まれた丘の上にあります。

丘の最上部は本丸跡で、平らな所を造り、周りを土塁(どるい)で囲んでいます。

土塁の東側の一部が高くなっていて、物見が造られていたものと考えられます。

本丸の周りには帯郭(おびぐるわ:平坦面が帯状に連なっているくるわ)をつくっています。

東側の中央部には大手口があり、正面には石垣を組み、郭を造っており、その南側は三の丸と考えられ、平らなところを大きくつくり土塁をまわしています。

戦国時代に足利を支配していた長尾景人(かげひと)が文正(ぶんしょう)元年(1466)に入城し、本拠とした歴史的な由緒ある城跡です。

天正18年(1590)長尾氏没落とともに廃城(はいじょう)となりました。