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人見家関係資料

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月5日更新

 

ひとみちくどうのしゃしん

ひとみけかんけいしりょうのしゃしん

 

30冊4通1幅
江戸時代

徳川幕府の儒学者として活躍した人見家関係の資料で、人見竹洞(ちくどう)・桃源(とうげん)・雪江(せっこう)の詩文集29冊、徳川光圀の書簡三通、人見家系譜一冊、人見又兵衛書簡一通、人見竹洞像一幅からなるものです。

人見家は、徳川幕府のもとで、侍医、儒官として活躍した一族で、江戸時代前期~中期にかけて西場村を支配していました。

雲龍寺(うんりゅうじ)は、人見竹洞の父・玄徳(げんとく)が住職の天燐三補に深く帰依し、厚く保護し、人見家累代の墓所と定めた寺院です。

現代でも雲龍寺裏山の中腹には、竹洞以下三代の墓所が残っています。

雲龍寺に残された人見家に関する資料は、同家が当地の領主として活躍した竹洞、桃源・雪江の三代に係るもので江戸時代を代表する儒学者で、足利学校とも縁が深かった人見家の学問内容や交友関係を知ることができる貴重な資料です。

※通常非公開となっております。