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行基平山頂古墳(ぎょうきだいらさんちょうこふん)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月5日更新

 

ぎょうきだいらさんちょうこふんのしゃしん  南から

けいしょうはにわしゅつどじょうきょう  形象埴輪群出土状況

 

機神山(はたがみやま)の北に続く山丘を行基平(ぎょうきだいら)といい、行基平山頂古墳(ぎょうきだいらさんちょうこふん)はその尾根状の山頂部に位置する機神山古墳群中の1基です。

平成24(2012)から27年(2015)に実施した発掘調査によって、全長43m以上の前方後円墳であることがわかりました。

古墳は自然地形を利用しているため、後円部(こうえんぶ)に対して前方部が短くあまり開かない形状です。

後円部墳頂の中心下約2.3mの深さで、竪穴系の主体部の一部が確認され、副葬品として鉄鏃(てつぞく)が確認されました。

中段のテラス面には円筒埴輪列が古墳の周囲に並べられており、墳頂部にも円筒埴輪が配置されています。

くびれ部東側からは儀式に使用したとみられる須恵器・土師器がまとまって出土しています。

最大の発見として、前方部前端南側から足利市で初となる形象埴輪群が出土しました。

形象埴輪は人物埴輪、馬形埴輪(うまがたはにわ)、鳥形埴輪、人面付円筒埴輪(じんめんつきえんとうはにわ)、ミニチュア・小像埴輪が出土しており、元位置を保つ基底部が14基確認されました。

古墳の年代は、古墳が5世紀末~6世紀初頭に噴火した群馬県の榛名山の火山灰の上に盛土していること、須恵器、埴輪、鉄鏃の形状などから6世紀初頭と考えられます。

人面付円筒埴輪、ミニチュア・小像埴輪をはじめとする全国的にも珍しい遺物が多く出土したこと、また古墳時代後期初頭の足利地域の首長墳のあり方を知る上で、大変貴重な古墳です。