ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 足利市内の文化財 > 藤原行国の石塔(ふじわらゆきくにのせきとう)

藤原行国の石塔(ふじわらゆきくにのせきとう)

印刷用ページを表示する掲載日:2016年10月5日更新

 

ふじわらゆきくにのせきとうのしゃしん

 

総高  140.0cm
平安時代(水輪)

2段の台石、基礎石、地輪(ちりん)、水輪(すいりん)、火輪(かりん)と小型の空風輪(くうふうりん)を積み重ねています。

水輪は唯一凝灰岩製で他のものより古く、それ以外は安山岩製です。地輪には正面に「正善寺殿」、左側面に「大治元丙午七月二十七日」、右側面に「足利五郎太藤原行国」の銘記が陰刻してあり、
大治元年(1126)7月27日に没した藤原行国(ゆきくに)の墓塔であることがわかります。

行国は藤原秀郷(ひでさと)の末裔で、天喜2年(1054)足利両崖山(りょうがいさん)に居城した足利大夫藤原成行(しげゆき)の弟 行房(ゆきふさ)の子です。

「正善寺殿」は寺伝にいう三宝院の草創である正善庵または正善寺を菩提寺とした行国の贈り名です。

以上のことから、藤姓足利氏の足跡および三宝院の発祥を知る上からも貴重な資料です。

また、水輪だけとはいえ、後補の銘記から平安時代後期と推定される五輪塔の一部が現存することも貴重です。