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前田庠主のことば(平成20年11月23日)

印刷用ページを表示する掲載日:2008年11月23日更新

 去る8月8日、「中国百年の夢」といわれる第29回オリンピック競技会北京大会が午後8時(日本時間午後9時)に開幕し、鳥の巣で行われた意表を突く豪華絢爛たる開会式の模様が全世界に向かって放映されました。開会式は中国の歴史や改革開放後の姿が絵巻物の形で演出されました。

 絵巻物の場面が次々と変わり、強く印象に残っている場面の一つは、沢山の孔子の弟子たちが、おのおの竹簡をもって登場し、『論語』の名文句の一つ「四海之内、皆兄弟也」(顔淵第十二)を唱えたことです。今年出版された須永美知夫先生編『足利学校書き下し論語』によれば、「(君子(くんし)、敬(けい)して失(うしな)うこと無(な)く、人(ひと)と恭(うやうや)しくして礼(れい)有(あ)らば、四海(しかい)の内皆兄弟(うちみなけいてい)なり。(君子何(くんしなん)ぞ兄弟無(けいていな)きことを患(うれ)えんや、と。)」とあります。これは兄弟がなくひとりぼっちであることを嘆いていた司馬牛に、子夏が慰めて言ったことばです。オリンピックの精神に通ずるものがあり、各国の首脳が集い、史上最多の204カ国・地域から選手、役員約15000人が集まったオリンピックに相応しい文言でした。

 つぎに場面は中国古代の4大発明の一つである活字印刷に移りました。画面に大きく映し出されたのは印刷に用いる字体の異なる「和」の活字であり、これはまた『論語』の理念「和為貴」(学而第一)を表現していたのです。同じテキストによると「(有子曰(ゆうしいわ)く、礼(れい)の用(よう)は、)和(わ)を貴(とうと)しと為(な)す。」とあります。これは礼(社会・生活規範)を行うには和が根本になければならない、と説いた有子のことばです。厳しいルールの適用は、オリンピックには必須ですが、その適用に当たっては和を強調するもので、この理念もまたオリンピックの精神に通ずるものがあるばかりではなく、チベットの暴動に揺れながらも、必死に世界平和への中国の誓いを示そうとしたものではないでしょうか。 しかしこのように『論語』が、中国共産党政権の威信をかけた開会式に、中国文化の誇りとして世界中に顕示されようとは想像もしておりませんでした。孔子を極悪非道の人間とし、林彪はそれを復活しようとした人間であるとして厳しく排斥する「批林批孔(ひりんひこう)運動」の嵐が吹き荒れた25年前の中国を知っているものにとっては、今回の孔子のこの輝かしい復活振りは、些か驚きでありました。

 真理は不滅であります。足利学校で、見学者に『論語』の素読を教え始められたことは、まことに喜ばしいことであると思います。

平成20年11月23日
前田專學