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前田庠主のことば(平成18年11月23日)

印刷用ページを表示する掲載日:2006年11月23日更新

 ニューヨークに無差別テロが起きてからもうすでに5年余の歳月が流れました。あの目繰り返しテレビ画面に映し出されたツインタワーの悪夢のような光景が今もなお鮮明に脳裏に焼き付いています。

 あのめらめら燃え上がった怨念の地獄図を見たとき思い起こしたのは、「目には目を、歯には歯を」という言葉でした。人から害を与えられたら、無制限ではなく、それに相応する報復をしなさい、ということです。このような考え方が文字で書かれて残っている最古の記録は、私の知る限り、紀元前十八世紀ころ、バビロン第一王朝の第6代の王ハンムラビによって制定された法典にみられるものです。それと同時に思い起こしたのは仏教聖典『ダンマパダ』(『法句経』5)の有名な次の一句でした。

 じつにこの世において、怨みに報いるに怨みを以ってしたならば、ついに
 怨みの止むことがない。怨みを捨ててこそ止む。これは永遠の真理である。

 この句を、仏教国スリランカの代表が、第二次世界大戦後、昭和26年に行われた講和条約締結のときに引用して、日本に対する一切の賠償請求権を放棄し、大きな反響を呼びました。第一次世界大戦後、戦勝国側は報復的に過酷な賠償を敗戦国ドイツに請求し、それがナチスを生む大きな原因になったことはよく知られていることです。

 あの同時多発テロが発生して以来、すっかり世界は変わってしまったといわれていますし、私もそのように思います。今なおテロに泣くバグダッドの悲惨なニュースなどを聞き、東京はもちろん世界各地における対テロ警戒態勢をみるにつけ、何か21世紀もまた、共生どころではない、血塗られた世紀となるかも知れないという忌まわしい予感が走り、まことに暗澹とした気持ちでおりました。

 しかし「脱憎悪の連帯」と言う大きな記事を、去る9月9日付の『朝日新聞』の夕刊の第一面に見つけたときには、何かほっとした気持ちになりました。これは同時多発テロの米国遺族と世界各地のテロや戦争の被害者らが9月8日に、ニューヨークに集まり、自らの体験を語り合い、各国の犠牲者が非暴力を呼びかける国際ネットワークを結成することになり、「民間人をこれ以上殺さないで」と呼びかけたという報告でした。この運動を主催したのは、「ピースフル・トゥモローズ」という対テロ戦争に反対してきた 9・11テロの遺族団体であったということです。突如として怨念の犠牲となられた遺族の方々は、捨てがたい自らの怨念を捨て、人々に平和な明日を、平穏な未来を、という運動を起こされたのだと思われます。この動きが高まり、平和な世界が実現することを切望してやみません。

平成18年11月23日
前田專學