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前田庠主のことば(平成15年11月23日)

印刷用ページを表示する掲載日:2003年11月23日更新

 最近、若い世代はこらえ性がない、という批判をよく耳にいたします。そのようなときにしばしば思い起こしますのは、

 怒らないことによって怒りに打ち勝て

という言葉であります。これは私が勤めていたことのある大学の一室に掛かっていた、横長の額に書かれていた文言です。

 これは大変に珍しいもので、ごく普通の額のように、日本の筆と墨で墨痕あざやかに書かれてはいます。しかしじつは、上の言葉は、日本語でもなければ、漢文でもなく、パーリ語というインドの古い言語で、インドのベンガル文字で書かれている原文を、日本語に訳したものなのです。

 その貴重な額を書いたのは、1913年にアジア人として初めてノーベル文学賞に輝いたインドのヒンドゥー教徒の文豪ラビンドラナート・タゴール翁(1861-1941)です。タゴール翁は、日本の岡倉天心や高楠順次郎などと親交がありましたが、調べてみると前後5回日本を訪れ、東京大学や慶應義塾大学などで講演を行いました。私は、大学創立以来初めての激動の中に巻き込まれたとき、しばしばこの額を眺め、この文言に勇気づけられ、慰められました。

 この文言は、ヒンドゥー教の聖典からの引用ではなく、よく知られている仏教聖典『ダンマパダ』(真理のことば)の「怒り」と題する章に出て来る「怒らないことによって怒りに打ち勝て。善いことによって悪いことに打ち勝て。分かち合うことによって物惜しみに打ち勝て。真実によって虚言に打ち勝て。」の一部分なのです。

 70余年の人生の中で、いろいろな機会に重い判断を迫られる場面に遭遇することがありました。そんなときに迷いの中に思い出されたのが、先ほどの聖典の続きにでてくる「ただ誹(そし)られるだけの人、また、ただ褒められるだけの人は、過去にもいなかったし、未来にもいないであろう、現在にもいない。」という名言でした。

平成15年11月23日
前田專學