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栃木県・足利市の地震履歴

印刷用ページを表示する掲載日:2012年6月18日更新
発生年月日
時刻
地震名
震度規模(M)震源地域被害状況
818年(弘仁9年)7.5関東諸国被害は、相模・武蔵・下総・常陸・上野・下野等に及ぶ。山崩れ谷埋まること数里(1里は約545m)。百姓の圧死者多数。
1649年(慶安2年)7月30日 2時7.0下野・武蔵被害は、栃木・埼玉・東京に及び、埼玉の川越では家屋700戸が、大破した。日光東照宮では、石垣・石の井が破損した。余震は、日に40~50回を数えた。
1683年(天和3年)6月17日 8時6.0~ 6.5日光被害は、日光周辺で東照宮・大猷廟・慈願堂等の宝塔の九輪転落、石垣多く崩れ、天狗堂・仏岩・赤薙山及びその北方の山が崩れた。
1683年(天和3年)6月18日 11時6.5~ 7.0日光被害は、北関東地方で日光では、御宮・御堂・御殿・慈眼堂・本坊寺院の石垣が全て崩れ、東照宮・大猷廟の宝塔の笠石その他が破損した。余震は、689回を数えた。
1683年(天和3年)10月20日 5時7.0日光被害は、栃木・福島県で栃木三依川五十里村で山崩れが発生し、川を塞いで湖を作った。日光でも山崩れが起き鬼怒川・稲荷川の水をせき止め、修復半ばの石垣が崩れ、堂塔にも被害が出た。余震は、2100回を越えた。
1923年(大正12年)9月1日 11時58分
関東大震災
IV7.9関東南部被害は、関東地方全部と長野、山梨、静岡の各県に及んでいる。全体では、死者99,331人負傷者103,733人、行方不明者43,476人、家屋の全壊128,266戸、半壊126,233戸、焼失447,128戸、流失868戸となった。栃木県では、負傷者3人、家屋の全半壊併せて18戸であった。
1931年(昭和6年)9月21日 11時20分
西埼玉地震
V6.9埼玉県西部被害は、埼玉県を中心に群馬・茨城・東京等であった。栃木県では、宇都宮で壁の崩壊、日光で石垣の崩壊、佐野地方で水道管の破裂があった。
1949年(昭和24年)12月26日
8時17分、8時24分
今市地震
IV6.2~ 6.4今市地方同程度の地震が2度続いて生じた。被害は栃木県が中心であった。山崩れが各地で発生し崩壊面積は941.4町歩(9.34平方km)であった。また死者は10人、負傷者は163人、家屋の全壊は908戸、半壊5301戸であった。余震は3月19日まで続いた。
1968年(昭和43年)7月1日 19時45分6.1埼玉県中部被害は、足利市で負傷者1人、東京で負傷者1人、家屋一部破損15戸等となった。
1980年(昭和55年)9月24日 4時10分5.4埼玉県南部被害は、栃木県で負傷者1人、東京で4人等であった。
1996年(平成8年)12月21日5.5茨城県南部足利市での住宅被害は一部破損5棟、5世帯、19人、公共建物は一部破損5施設、大型店舗等では商品の落下、エレベーター・エスカレータの停止があった。JRと東武鉄道の列車停止。NTTは電話の輻輳あり。
2011年(平成23年)3月11日 14時46分頃
東日本大震災
V強9.0三陸沖足利市での住宅被害は全壊1棟、半壊11棟(大規模半壊1棟を含む)、一部損壊多数(屋根瓦の破損)。長時間に及ぶ停電があり、JRと東武鉄道で列車停止、エレベーターでの閉じ込め等が発生した。