足利七福神めぐり
(約6`、2時間40分)

 七福神めぐりの歴史は古く、室町時代に京都で始められたといわれています。足利の七福神めぐりは、昭和17年、まちの繁栄と家運の隆昌、健康増進を願って生まれました。
 第2次大戦中は中断されましたが、昭和50年頃からの七福神ブームに刺激され、昭和62年正月に復活しました。



大黒天(鑁阿寺)

鑁阿寺
 源姓足利氏2代目義兼が建久7年(1196)に自らの邸内に持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を奉ったのが始まりで、堂塔伽藍を整備して足利一門の氏寺としました。寺域の周囲は土塁と堀に囲まれ、鎌倉時代の武家屋敷の面影を残しています。

 木造 大日如来坐像

五穀豊穣・諸願成就(家富町:電話 0284−41−2627)



本城厳島神社

明石弁天(本城厳島神社)

 寛政5年(1793)の建立し、通称明石弁天祀といわれていた。昔この里に清泉が湧く池があったので、水にゆかりが深い神として奉祀したと伝えられている。

福徳財宝・家内和合(本城2丁目:電話 0284−41−1980)


心通院

寿老人(心通院)

 永禄9年(1566)足利長尾5代目の政長が両親の菩提のために創建したと伝えられています。市指定重要史跡「長尾氏墓所」があります。

 紙本著色 長尾政長像

長寿・富貴・招福(本城1丁目:電話 0284−41−3202)


西宮神社

恵比寿神(西宮神社)

 慶長8年(1603)代官小林重郎左衛門が領地繁栄のため摂津国西宮神社に勧請し創建された。

除災招福・商売繁盛(西宮町:電話 0284−21−6790)


長林寺

福禄寿尊(長林寺)

 文安5年(1448)足利長尾家の菩提所として初代景人が創建した。元禄時代、修行道場として別格地となり、明治維新までの人材育成の道場として伝統を継承し、参禅会、仏教講座など開設した。境内には足利出身の画聖・田崎草雲の墓などがあります。

 画聖・田崎草雲の墓

幸福と福禄と長寿(西宮町:電話 0284−21−5636)


通6丁目厳島神社

長尾弁天(通6丁目厳島神社)

 通6丁目の弁天、もとは長尾城主(三代目景長)が西宮町長林寺に祀ったもので、その後、明治元年(1868)神仏分離令により長林寺から通6丁目に遷座、巌島神社となった。

福徳財宝・家内和合(通6丁目:電話 0284−21−9940)


福厳寺

布袋尊(福厳寺)

 寿永元年(1182)に藤姓足利四代目忠綱の母の菩提と父の供養のために創建したといわれている。

福徳円満・家内安全(緑町1丁目:電話 0284−21−6990)


常念寺

毘沙門天(常念寺)

 時宗の開祖一遍上人は、熊野本宮に参籠して神勅を感得し、立教開宗したと伝えられている。本寺は平安末期(1143年)創建といわれる。一遍上人の法孫が遊行中荒廃した寺の再建に尽くされたと伝えられ、仏舎利泰安の寺である。

開運厄除・学業成就(通7丁目:電話 0284−21−2016)


★名草弁天(名草厳島神社)

 弘仁年間弘法大師空海によって勧請されたと伝えられ、江戸時代中期には別当である金蔵院
によって巨石の上に石宮、 後に弁財天像(現在も金蔵院弁財天堂に祀られる)が造立された。
江戸時代の祭典の際には、弁財天を運び祭礼を行っていたが、 明治維新の神仏分離により、
厳島神社となり平成元年新たに弁財天を造立した。

福徳財宝・家内和合(名草上町)


★毘沙門天(最勝寺)

 奈良時代行基上人の開創。大岩毘沙門天は、日本三体の霊仏(奈良の信貴山、京都の鞍馬山、野州大岩山)の一つとして知られている。

開運厄除・学業成就(大岩町:電話 0284−21−8885)


★大黒天(徳蔵寺)

 平安朝末頃開創と伝えられるこのお寺は、多くの文化財がありますが、中でも五百羅漢尊は特に有名で、日本三大五百羅漢尊の一つとなっています。

 五百羅漢尊

五穀豊穣・諸願成就(猿田町:電話 0284−41−8621)

  ☆…★印は、車で巡る11社寺です。
  ☆…太平記館で朱印帳や色紙、テレフォンカード等を取り扱っています。


問い合わせ先
 太平記館:電話 0284−43−3000